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劇作家の作風が変わるとき
霧の立ちこめる陰鬱としたロンドン。その町を漱石が散歩していると、向こうから妙に小柄で貧相な東洋人が歩いてくる。「まるで猿だな」と思って近づくと、実はそれはウインドーに映った漱石自身だったことに愕然とするというくだりが印象的でした。
確かに、ヨーロッパなど旅行していると、向こうの人間が自分のことをどう見ているんだろうなと思うことが、たまにあります。
観光地が中心なので、もちろん人当たりはいい。でも、根底のところでは黄色人種に対してどう思っているのだろうか。今どき露骨な蔑視はしないかもしれないが、それでも心の底ではどう感じているのかわからないぞという思いが、頭をよぎることがあるのです。 ヨーロッパの歴史ある街並みと自分よりも体格のいい人々に取り囲まれて、気圧されているために感じる被害妄想かもしれません。
それが、19世紀から20世紀への変わり目のロンドン。英語教師ではあったものの自ら望んだ留学だったわけでもなく、まだ作家になっていなかった漱石が家族を残して一人暮らしているうちにノイローゼになっても、「それはあるよな」と思います。まあ、僕なんかに「あるよな」と言われても、漱石にしてみたら大きなお世話でしょうが。
三谷幸喜さんの新作『ベッジ・パードン』は、この時期のロンドンでの漱石を描いた舞台です。
第二次大戦末期のナチスを描いた『国民の映画』に続いて、世紀末のロンドン。意欲的な作品が続きます。
そして今回もキャスティングがいい。野村萬斎、深津絵理、大泉洋、浦井健治、浅野和之と少数精鋭の役者が揃っています。
上演時間は3時間と長いのですが、さすが三谷さん、それぞれの持ち味をよく光らせていて、今回も楽しみました。
しかし『国民の映画』からわずか三ヶ月でこの作品を仕上げている。今年は生誕50周年記念ということで、自ら自分に鞭を振るうかのように、高水準の新作を書いているのには頭が下がります。
ご自身も言っていますが、ここにきて明らかに作風が変わってきている。
最近は、私生活の方がマスコミで取り沙汰されていますが、それはそれとして、物書きとして作品作りに集中出来る環境になってほしいものだと願っています。
でもまあ、物書きという稼業も因果なもので、何のかんのと言っても、自分の身の回りのこと全てが、書く物に影響することは否定出来ません。
僕なんかのように、私小説的なものではなく大きなホラ話を作るのが好きなタイプでも、やはり今個人として感じていることが作品に出てしまうものです。
若い頃はそれを否定していました。
「自分の周り5メートルにある話なんか書いて何が面白いんだ」と語っていました。
でも、この歳になってみて、たとえ宇宙の果てで銀河を手裏剣代わりに投げるような物語を書いていても、その根底にあるのは、実際に自分が今直面している問題に対しての自分なりの解答を探してあがいている結果なんだなと、思えるようになりました。
ナイロン100℃の『黒い十人の女』を見た時にも思ったのですが、ケラさんや三谷さん、僕と同世代の作る芝居が変わってきている。
年齢と、状況の激変と、理由はいろいろあると思います。でも、それはとても面白いことだと思うのです。
翻って自分はどうか。
今度の『髑髏城の七人』はメインキャストが一気に若返りました。その若さに対し、今という状況に対し、自分がどれだけのものを提示出来るか、格闘しているつもりです。
同時代に生きる人達の感情をダイレクトに出せるのが演劇というライブのいいところだと思います。
不安になることが多い現状ですが、劇場では、さまざまな人間の、今との格闘が見られます。よければ足を運んでみて下さい。
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